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2016年9月に「働き方改革実現推進室」が内閣官房に設置され、政府は働き方改革を提唱しました。改革の課題のひとつとして労働力不足が挙げられますが、あわせて労働力不足の環境に置かれた従業員の状況にも注目が集まっています。長時間労働やコミュニケーション不足を背景としたさまざまなハラスメントの中から、徐々に認知が広がりつつあるモラハラ(モラルハラスメント)についてご紹介します。

■職場における「モラハラ」とは

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●日本の職場における「モラハラ」の定義
男女雇用機会均等法によるセクハラ規制とは異なり、現在、日本ではモラハラを定義する法律はありません。

一部の民間団体から、厚生労働相への法制化の要望が提出されるなど法整備に向けた動きは広がっていますが、法律で定義されたセクハラや、企業の対策義務化の動きが広がるパワハラなどと比較した場合、モラハラは理念や定義、立法形式において未整備の部分が多いハラスメントです。

ただし、厚生労働省の「こころの耳」の用語解説なども踏まえると、下記のようなものと考えることができます。

「ハラスメント」
行為者本人の意識の有無に関わらず、相手を不快にさせたり、自身の尊厳を傷つけられたと感じたりさせる発言や行動のことです。具体的には、いやがらせやいじめを指します。職場においては、セクシュアルハラスメント(セクハラ)、パワーハラスメント(パワハラ)、モラルハラスメント(モラハラ)が問題となることがあります。

「モラルハラスメント」
言葉や態度、身振りや文書などによって、繰り返し相手を攻撃し、人格や尊厳を傷つけたり、肉体的、精神的に傷を負わせることを言います。職場でのモラハラは、その人間が職場を辞めざるを得ない状況に追い込んだり、職場の雰囲気を悪くさせたりします。パワハラと同様に、うつ病などのメンタルヘルス不調の原因となることもあります。

厚生労働省が公表した「平成29年度個別労働紛争制度の施行状況」によると、民事上の個別労働紛争の相談件数は、「いじめ・嫌がらせ」が23.6%で一番多く、平成20年度同調査の12.0%と比較しておよそ2倍に増加しています。調査データから見ても潜在的なハラスメントは、増加傾向にあると言えるでしょう。


●フランスの精神科医イルゴイエンヌが提示した「モラハラ」
モラハラという言葉は、フランスの精神科医イルゴイエンヌが1998年に著書の中でモラルハラスメントという表現を使い、それがきっかけとなり一般的に認知されるようになりました。
彼女はモラルハラスメントを次のように定義しています。

「あらゆる不適切な行為(身振り、発言、行動、態度など)が繰り返し、あるいは職場ぐるみで行われ、労働者の精神的あるいは肉体的尊厳や健全性を損ないその雇用を危険にさらしたり職場環境を劣悪化させることである」

日本での法制化に向けた動きの中には、イルゴイエンヌが提示したモラハラの定義が持ち込まれており、現時点での日本でのモラハラの定義は、彼女の提唱内容と同様と捉えて問題はないと考えられます。

■海外における「モラハラ」の特徴

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日本では雑誌やWebメディアなどで記事として取り上げられたことで、モラハラという言葉が法律に先行して社会に浸透してきました。そこで、法整備が進んでいる海外における「モラハラ」の特徴をご紹介します。


●モラハラの定義
国際労働機関(ILO)による「職場における暴力行為」禁止キャンペーンでは、暴力に該当する行為として下記を挙げています。

【肉体的暴力】
・殺人
・レイプ
・強盗
・傷害
・殴打
・身体的な攻撃
・蹴る
・噛む
・げんこつで殴る
・唾を吐きかける
・引っ掻く
・締め上げる
・つねる
・集団暴行
・虐待

【精神的暴力】
・ストーカー行為
・ハラスメント(性的および人種的な嫌がらせを含む)
・いじめ
・威嚇
・脅迫
・村八分
・不快なメッセージを残す
・攻撃的な態度
・無礼な身振り
・仕事で使う道具や設備の妨害
・敵対行動
・罵る
・怒鳴る
・中傷
・当てこすり
・無視

これらの暴力行為は、「肉体的暴力」と「精神的暴力」に分けられ、「精神的な暴力」をモラハラとして位置づけています。

●ILOが定めた職場での暴力
国際労働機関(ILO)では職場での暴力を「内部的暴力」と「外部的暴力」に区別しています。

○内部的暴力
同僚や上司など職場内から受ける暴力。

○外部的暴力
顧客や利用者、取引先など職場外から受ける暴力。

モラハラの法整備が進んだEUの国々では、精神的な暴力の行為者を職場内に限定していません。仮に顧客から無視された場合は「職場外からの精神的な暴力」となります。日本でも近年、深刻な問題となっている、駅員への暴力行為、教育現場でのいわゆるモンスターペアレンツ問題、企業への悪質なクレーマー問題なども「外部的暴力」に当たると考えられます。

●諸外国の定義するモラハラ行為
厚生労働省が公表した「職場のいじめ・嫌がらせに関する諸外国の取組」では、モラハラに関する諸外国の定義が紹介されています。

○フランスの法律で定義されたモラハラ行為に該当するケース
・侮辱的な対応
・懲戒規定の不正な適用
・指揮権の濫用
・労働条件や契約の恣意的な変更
など。
行為者については特段の言及がありません。また、セクハラは1回でも違法になり得ますが、精神的なハラスメントについては反復性が必要(必ずしも同じ行為でなくてもよい)とされています。

○ベルギーの法律で定義されたモラハラ行為に該当するケース
・中傷、噂の流布
・コミュニケーションの途絶
・孤立、隔離
・仕事を与えない、屈辱的な仕事を与える
・暴力、脅迫
・行動や動作の監視、検閲、私的生活への干渉
など。
行為者は、使用者、労働者、第三者(顧客、納品業者など)が該当します。被害者がハラスメント的だと実感しているという事実自体では、自動的にハラスメントであるという結論にはなりません。

今後日本では、こうした諸外国の事例やイルゴイエンヌの定義を参考に、モラハラ対策の法制化を進めていくことが予想されます。

■日本の職場におけるモラハラのリスクと対策

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海外ではモラハラの法整備が進んでいますが、なぜ日本では遅れているのでしょうか。まずは、モラハラが発生する背景を考えてみましょう。

ハラスメント発生の背景や原因について、独立行政法人は、2013年2月の「労働政策フォーラム」で、次のようなことが発表されています。

●ハラスメント発生の背景や原因


○経営環境・職場環境の変化
→余裕のない職場の増加
・経済のグローバル化による競争の激化から業績を追い求める風潮
・各人の業務量の過多
・管理職自身も成果達成に追われ、部下一人ひとりに適した指導困難
→労働者同士の競争の増加
・情報処理機器の進歩等により仕事の進め方がチーム単位から個人単位に
・雇用管理の個別化(ex成果主義)
○就労形態の多様化
○職場の人間関係の希薄化
○従業員側(個人)の変化
・年功序列制の薄れによる苦情訴えのしやすさ
・価値観の多様化
・ストレス耐性が弱くなっている

以上により、従業員それぞれが異なる仕事を行い、多忙で余裕のない職場において発生しやすいのがモラハラです。周囲の人が気づきやすいパワハラと違い、見分けがつきにくいもモラハラは数多くの潜在的なリスクを抱えています。



●モラハラのリスク
定めにくいとは言え、モラハラが発生した場合、パワハラやセクハラと同様にリスクが存在します。具体的には、次のようなものです。

○被害者への影響
メンタルヘルスの変調や、やる気の低下など。

○加害者への影響
懲戒処分や信用の失墜など。

○企業への影響
経済的損失やイメージ低下など。

●モラハラがもたらすストレスと症状
モラハラによって被害者はストレスを受けます。なにかしらのストレスを受けたとき、人はその負荷をなにか別のもので解消しようとします。しかし、処理能力を超えるほどのストレスを受けた場合には、精神的な負担を解消しきれず、生活に被害が生じるようになります。
具体的には次のような症状が挙げられます。

・気分が落ち込み、やる気が起きない
・寝つきが悪く、ずっと眠気が取れない
・食欲の減少、増加
・疲れがたまる
・自己肯定感が下がる
・決断能力が下がる

これらの症状が続くと、うつ病などの精神疾患を患ってしまう恐れがあり、深刻な状態になると長期的な治療が必要となります。そうなる前に被害に気づくことが大切です。また、長期的なストレスは消化器系や神経系などの身体的な疾患を引き起こす原因にもなります。

●モラハラ対策の注意点
日本では、法律によってモラハラの行為者が規定されていないことから、加害者や企業がモラハラとして認識していない行為があると予想されます。
厚生労働省が公表した「パワーハラスメント対策導入マニュアル」に従い、さまざまな企業がパワハラ対策を実施していますが、行為者の定義には注意しましょう。

●モラハラの対策例~相談窓口の設置
職場の人間関係において悩みを抱える従業員は、安心して相談できる相手がいないと、次第に大きなストレスを感じてしまいます。そのような状況を解決するためには、安心して話せる相談窓口を設置することが効果的です。
窓口は、単に設置すればよいというわけではありません。被害者は「プライバシーがしっかり確保されるのか」「相談したことでさらに不当に扱われるのではないか」など、多くの不安を抱えています。そのため、従業員が安心して相談できるように配慮することも必要です。
相談する被害者は深刻な状況に陥っている場合があるため、相談を受ける人は適切な対応を取れるように準備をしておかなければなりません。

●モラハラの対策のポイント
職場におけるモラハラについて、一部の公的機関ではすでに対策を進めています。その中からいくつかご紹介します。

【予防策】
鳥取県中小企業労働相談所では、「職場でのモラハラとハラスメント予防策」の中で4つの予防策を説明しています。

◯会社としての姿勢を明確にしましょう
会社として絶対にハラスメントを許さない、という姿勢を全従業員に示すことが重要です。継続的にメッセージを送り続けることで抑止につながります。また、行為者に対する処分の内容を明確にすることも効果的です。

◯早期把握、早期対処
相談窓口を設置し、気軽に相談しやすい状況をつくることで早期の把握に努めましょう。上司は部下との面談では、困りごとがないかなど仕事の成果以外のケアを常に行うなどして、ハラスメントの早期把握、対処を心がけましょう。

◯外部講師を招いた研修の実施
定期的に研修会を実施し、知識や対応方法を会社全体で学びます。客観的な評価を社内に持ち込むことで、職場環境の見直しのきっかけとなり対策につながります。

◯権利と義務の再確認
ハラスメントのない職場環境をつくることは使用者の責務です。従業員の人権が守られ、個性が発揮できる職場づくりを心がけましょう。

【発生後の対策】
岐阜産業保健推進センターは「モラルハラスメントによる健康障害の一次予防のための調査研究」の中で、ハラスメントが発生した際の解決事例を公表しており、ハラスメントが解決できた対応の上位5つは下記の通りです。

・配置換え・移動(32.2%)
・個別面談(24.4%)
・相談窓口による面談と個別対応(13.3%)
・注意(12.2%)
・専門医・産業医等との連携(5.0%)

また、調査対象となった各事業所における、今後のハラスメント予防・対応システムについては、下記の4つのポイントが重視されていたとしています。

・相談システム
・教育・研修・講演会
・通報システム
・メンタル専門家との連携

中でも、現状と比較して今後は「教育・研修・講演会」と「メンタル専門家との連携」を重視する比率が多くなっており、企業のモラハラ対策は、より専門的なサポートを求める動向になっていくといえます。

モラハラを未然に防ぐ職場環境づくりを

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日本ではモラハラに関する法的な整備がされていない現状があり、企業としても明確な対策を打ち出しにくい一方で、職場の「いじめ・嫌がらせ」への対策は、喫緊の課題として法的にも整備されることが予想されます。
事後的に補償を争うのではなく、深刻な被害が職場に及ぶ前に適切なモラハラ対策を講じることが大切です。従業員同士や労使間におけるコミュニケーションの活性化や、従業員向けに相談窓口を設置するなど、モラハラを発生させない職場環境づくりが求められています。